世界へ
小さな小さな町の
小さな小さな工場に。
犯されて
汚された
小さな小さな沼がありました。
「お願い」
「別にいいけどさ」
彼は少々顔をしかめさせながら、彼女のこちらを見上げる表情を一瞥した。
彼女の顔は青ざめていて、決して健康だとはいえない。弱弱しい息を吐くと、ぷくり、と水泡がゆらめいた。
「僕たちの世界は少々酷だと思うよ。君にとって、外の空気は猛毒だ」
「ええ」
「苦しいよ」
「ええ」
「君が思っているほど、いい所ではないかもしれない」
「そうね」
彼女は自分の世界を見渡した。
「けれど、ここよりはずっと、いい所だと思うわ」
黒い毒が渦を巻く。
彼がずっと昔に来たときには、こんな渦は見えなかった。
水はとても清らかで、美しく、たくさんの命を抱えて、誇らしげにそこに在った。
けれど、今は。
彼女はふぅっと遠い空を見上げてつぶやく。
「時々、黄色いものが貴方たちの世界から降ってくるの。花びらというのですってね。
かけらだけでもあんなに美しいんだもの。花というのはもっと美しいに違いないわ」
うっとりとした表情の中に、儚さが垣間見えて、彼はもう、それ以上何かを言うのをやめた。
「まあね」
「私には、食べられることしかできないけれど」
彼女は、ぎゅっと体を強張らせる。それとは裏腹に、瞳の光が強くなる。
彼は、なんだか胸の奥が、きゅうっと痛くなった。
「せめて、死ぬ前に見ておきたいの」
「・・・うん」
「お願いできる?」
彼女は懇願するように、彼を見上げる。
彼はゆっくりと腕を広げた。
「いいよ。君が望むなら」
小さな小さな町の
小さな小さな工場に。
犯されて
汚された
小さな沼から
彼女は外へと飛び出した。
沼の周りに生えていたのは黄色い花で。
工場とは反対側にずっとずっと続いていて。
とても 綺麗だった。
ごくん。