舞姫





おごそかに 華やかに ひらりひらりと舞いながら

彼女は空から 降りてくる

白い着物をはためかせ うまく風から風へと飛び移りながら

ふわりふわりと降りてくる

その肌は 着物と同じ様に 白かった。




「見事」

ずっと見とれていた一人の青年が 目前に舞い降りた彼女に賞賛の意を表す。
「ありがとうございます」
彼女は頬を桜色に染めて美しい声音でそれに答えた。

「今まで君のように華麗に舞う姿を見た事があっただろうか。
 風たちも君の舞を長く見たいと 次から次へと押し寄せて
 けれども君はちゃんとそれに 答えていた」
「私はただ 言われるままに舞わせて頂いただけでございます」
奥ゆかしい態度で 彼女は少し上を見上げて微笑みを浮かべる。
「いや美しかった。本当に。
 甘い青空の中で 白にも近い君の姿が溶けてしまいそうだった。
 儚く そして 美しい。
 そしてそれは今も変わらない」
青年に真っ直ぐ見つめられて 彼女はより一層頬を染めて
嬉しいような恥ずかしいような はにかんだ笑みを浮かべた。

春の日差しに暖められた やわらない水は
静かにゆっくりと彼女を運んで行く。
ふいに 彼女は不安の色を瞳に宿し 
ずっと側についてきてくれる青年に声をかけた。
「もし、お疲れではありませんか。少しお休みになられた方が・・・」
「ありがとう。
 けれど私は水には入れない身なのです。お心遣い感謝します。
 貴女は美しいだけでなく 心もお優しいのですね」
青年は優しい笑みを浮かべて 彼女の周りを旋回する。
彼女は彼が華麗に飛び回る姿を楽しそうに眺めていた。


「貴女はどこまで行くおつもりですか」
水滴が彼女の着物の上で転がるのを見て 青年が問いかける。
「さあ…どこまで行けるのでしょう」
彼女は片手を水で遊ばせながら水の行く先を眺める。
「私は自由になり、最後の舞を舞わせて頂きました。
 それだけでとても幸せでしたから…」
その途中で 彼女は目を伏せて小さく続けた。
「貴方にもお会いできました」
青年は声音を変えて重々しい口調で答える。
「私はこの流れの先を知っています。たしかに以前とは違う景色も見れるでしょう。
 けれど、私はもっともっと多くの美しい景色を貴女に紹介したい」
青年は水面近くまで降りてきた。

「私と一緒に来てくれませんか?」

光を宿した瞳で 彼は静かに彼女に手を差し出す。
彼女は流れる光を宿す彼の瞳を見つめていたが
しばらくして悲しそうに首を振った。
「ありがとうございます。けれど私は貴方と一緒には行けません。
 たとえこの先何があったとしても 私は皆と運命を共にしたいのです」

彼女は失望した青年の手を優しく取って微笑んだ。

「本当にありがとう。私は貴方に私の舞を見て頂いてとても嬉しい。
 どうか私の事を 心の隅にでも住まわせてくださいね。
 私も貴方の事は ずっと ずっと 忘れたりしませんから」

青年はやっと息を吸い込んで ゆっくり吐き出した。

「こちらこそありがとう。素敵な舞を見せてくれて。
 君のような美しい舞姫にはもう二度と会えないだろう。
 隅と言わず 私の心の奥に ずっと ずっと生き続ける事でしょう」

青年と舞姫は互いに瞳を合わせ
それから静かに別れを告げた。




舞姫の瞳から 涙が一筋 零れ落ちた。












舞姫は桜の花びら、青年は…鳥か虫です。
桜の花びらって白に近いんですよね。
頬が桜色に染まるという表現は、何だか可愛らしくてとても好きです。

ゆこ


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